経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

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経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by でんぱ組 » 2019年3月30日(土) 13:38

お久しぶりです :okiraku:

タイトルの通り、ようやく10万語を読み切ることができました。

この世界では10万語なんてまだひよっこであることは承知していますが、最初は文字のない本から始め数語、そして10数語くらいの本に進み…という具合に、徐々に徐々に語数をあげていったような進め方のせいもあり、なかなかすぐにはこの数字にさえたどり着けませんでした。

今もまだYLは0.8.です。
そしてまだORTなど絵のある薄い本を読んでいますが、それでもそんなにスラスラ読むこともできません…
でも一冊あたりの語数は800や900語くらいになりました。

10万語は、最初の小さな目標かもしれませんが、なんとか目標を達成できましたのでご報告させていただきます!

次なる大目標は100万語。大目標に至るまでのスモールステップとしての目標は、20万語です^^

これからも楽しく多読を続けていきます!

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でんぱ組
 
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登録日時: 2019年1月08日(火) 17:16

Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by さかい@tadoku.org » 2019年3月31日(日) 12:13

1月14日に8万語報告だったのですね。
それから2ヶ月半で2万語・・・ :applause:

「ようやく」かどうか、よくわかりません。
100万語多読を言い出した本人なのにおかしな話ですが、
100万語という目安を言い出したことがよかったかどうか、
最近10年ほど(?)はかなり悩んでいます。

というのも、もっと「少ない語数」でとんでもなく英語に慣れた人や、
とんでもなく「多い語数」でなかなか英語に親しんでいない人を目にしてきたからです。
ここでいう少ない語数というのは10万語です。多い語数というのは1000万語を超えます。
少ない場合、多い場合、どちらの場合を見ても、「語数」を売り物にした100万語多読の
「語数」に問題がある可能性を示唆しています。

(「量がすべてを解決する」ことは間違いありません。
1000万語で英語に親しめていない人は1億語で親しめる可能性があります。)

語数(だけ)ではないとすると何がことばに親しむ/慣れることに関係しているのだろう?
これは大きな課題でした。SSSの掲示板でいろいろな例が出てくるにつれて、
ぼくは「吸収量」ということを言い出しました。

10万語を通した吸収量が、1000万語を通した吸収量より効き目がある場合がある!?

でもこの説明はその場しのぎでした。
「吸収量」を決めるものがなんであるか言っていないのですから。

途中は省きますが(というより忘れてしまった!)いま考えている結論は「ことばの氷山」です。
これについてはぼくのブログを検索してください。
(あとでいい投稿が見つかったらURLを追加しますが)
一言で言うと、ことばは文字ではもちろんないし、音だけでもない、
ことばの出てくる背後にある「気持ちや考えや、場面や、物語や、世界」その全部が
関係していると、「いまは」考えています。

さてやっとでんぱ組さんのゆっくりペースの話に到達しました。
2年8ヶ月(?)たって、まだORTなどの薄い絵本を読んでいるとすると・・・すばらしいです!
ぜひそのまま薄い本をたっぷり、飽きるまで楽しんでください!!

追伸
多読で読んだ冊数の記録はありますか? あって、もしよかったら、教えてください!

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Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by でんぱ組 » 2019年4月01日(月) 17:24

さかい先生、返信ありがとうございます。

語数に関しまして、たくさん読むことが重要なことはそうだとしても、語数と英語のスキルが必ずしも比例するわけではないということでしょうか。個人差があるということなんですね?
私もこのまま語数を増やしてさえいけば英語力がついてくるのか…少し不安に思うこともあります。
ただ、してみなければわからないという思いで続けてはいますが…
さかい先生のおっしゃる「英語に慣れ、親しむ人とそうではない人」というのはどういう状態を指すのでしょうか?
私が多読をする理由、目的は、やはり英語のスキルを上達させることで、最終的にはネイティブスピーカーになることですが(笑)、(正確にはその状態に近づけること)日本人が当たり前のように人と電話で話したり、日本語で放送されているテレビや映画を苦もなく見て楽しんだり、日本語の本や雑誌を苦も無く読んで楽しめるように、(仕事で使えるようにもなりたい)それを英語でできるようになることですね(;^_^A
ちょっとそこまでの状態は無理じゃないの?という心の声が聞こえてはきますが…
それで、慣れ親しむというのは、そんなことができてしまう人と、そうはならなかった人ということでしょうか?
やはり「おさなご」の真っ白なキャンバスの脳と、日本語の文の組み立て方と、語彙という「習慣」が根付いてしまった大人の脳では、ハンディがあるのでしょうね…左側通行で走行することを無意識化させた日本人が、アメリカの道路を走るような…

ところで私の読書冊数は、読書管理サイトを見たところ398冊、7942ページでした。
このサイトでは語数のランキング等を見ることができ、これが励みになっているのですが、いつも上位ランキングされているある年配女性の方のコメントを見れば、もうナン千万語と読んでいる方ですが、ヒアリングなどはまた別の話で、それはそれでやらないとダメ、というようなことが書かれていました。

私も、外国人の人とSNSでチャットしたり会話したりすることがあるんですが、彼らは文法など時々間違っていますが、わりと自在に英語を操れます(パキスタン人の方です。)。私も、文字での会話(チャット)は割とできますが(相手も簡単な英語を使うせいもあり)音声だと一気にできなくなります。 :sweatdrop:
ですが、今日思い出した方法があります。
昔、ヒアリング力を高めるために、考え出した方法-CDの再生速度を低くする、という方法です。(ネットを検索すると、そういう方法を考えている人はいました。)
アイデアはあったくせに実行していませんでした。ですが今日、試行錯誤の上、再生速度を変えることができるようになりました。ORTのテキストに付属されたCDを取り込んだものの再生速度を低くするのです。
ヒアリングだと聞き取れないものが文字だと読めたりすることが多々あります。
これはヒアリングの速度が自分のヒアリング能力のレベルに合っていないせいもあります。
低速で聞く方法は、易しいレベルの本(つまり自分のレベルに合った本)を読むことと同じ考え方です。そして音声を、ゆっくりと聞けるように調節したことで、早すぎてついていけないという感じはなくなり、ちゃんと聞き取れるようになりました。
しばらくはこの調子で進めてみようかと思います。 :kuu:

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Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by さかい@tadoku.org » 2019年4月01日(月) 23:08

でんぱ組さん、以下、引用しながらぼくの考えを書きますね。

でんぱ組 さんが書きました:さかい先生、返信ありがとうございます。

語数に関しまして、たくさん読むことが重要なことはそうだとしても、語数と英語のスキルが必ずしも比例するわけではないということでしょうか。個人差があるということなんですね?


そうです。語数とどのくらい英語に慣れているかは きれいには 比例しないようです。
ものすごーくおおざっぱに言えば吸収した英文の量と英語への慣れ(スキルと言ってもいいと思いますが)は
比例するでしょうけど。

私もこのまま語数を増やしてさえいけば英語力がついてくるのか…少し不安に思うこともあります。
ただ、してみなければわからないという思いで続けてはいますが…
さかい先生のおっしゃる「英語に慣れ、親しむ人とそうではない人」というのはどういう状態を指すのでしょうか?
私が多読をする理由、目的は、やはり英語のスキルを上達させることで、最終的にはネイティブスピーカーになることですが(笑)、(正確にはその状態に近づけること)日本人が当たり前のように人と電話で話したり、日本語で放送されているテレビや映画を苦もなく見て楽しんだり、日本語の本や雑誌を苦も無く読んで楽しめるように、(仕事で使えるようにもなりたい)それを英語でできるようになることですね(;^_^A
ちょっとそこまでの状態は無理じゃないの?という心の声が聞こえてはきますが…
それで、慣れ親しむというのは、そんなことができてしまう人と、そうはならなかった人ということでしょうか?


ぼくはネイティブ・スピーカーではなくて、「怪しい東アジア人」を目安にしようと考えています。
テレビや映画も、本や雑誌も、苦もなく楽しめることを想定しています。もちろん仕事にも使える!

そしてそこまでの状態はちっとも無理ではありませんよ!
NPO多言語多読の周辺にはそういう人はいくらでもいます!!

やはり「おさなご」の真っ白なキャンバスの脳と、日本語の文の組み立て方と、語彙という「習慣」が根付いてしまった大人の脳では、ハンディがあるのでしょうね…左側通行で走行することを無意識化させた日本人が、アメリカの道路を走るような…


そこがぼくの永年の探求テーマなのです。「をさなご」ではないおとなのハンディを
どうやって消せるか? あるいは最小にできるか?

いま持っている答は「できる」です。そしてその方法を一言で言えば、「楽しく!」に尽きます。

ところで私の読書冊数は、読書管理サイトを見たところ398冊、7942ページでした。
このサイトでは語数のランキング等を見ることができ、これが励みになっているのですが、いつも上位ランキングされているある年配女性の方のコメントを見れば、もうナン千万語と読んでいる方ですが、ヒアリングなどはまた別の話で、それはそれでやらないとダメ、というようなことが書かれていました。


それは変ですねえ・・・ 何千万語も読んでいて、「聞いて分からない、読むこととは別」というのは変です。
原因は読むときに脳内和訳をしているか、聞くときにも訳そうとしているか、音がカタカナ読みなのか、どれかですね。
あ、もちろん全部ということもあるかな。

上のことをその人に尋ねてみてください。ついでに、その人は絵本をたくさん楽しんでいるか、
音はどのくらい触れているか、というのも確かめてくれませんか?

私も、外国人の人とSNSでチャットしたり会話したりすることがあるんですが、彼らは文法など時々間違っていますが、わりと自在に英語を操れます(パキスタン人の方です。)。私も、文字での会話(チャット)は割とできますが(相手も簡単な英語を使うせいもあり)音声だと一気にできなくなります。 :sweatdrop:
ですが、今日思い出した方法があります。
昔、ヒアリング力を高めるために、考え出した方法-CDの再生速度を低くする、という方法です。(ネットを検索すると、そういう方法を考えている人はいました。)
アイデアはあったくせに実行していませんでした。ですが今日、試行錯誤の上、再生速度を変えることができるようになりました。ORTのテキストに付属されたCDを取り込んだものの再生速度を低くするのです。
ヒアリングだと聞き取れないものが文字だと読めたりすることが多々あります。
これはヒアリングの速度が自分のヒアリング能力のレベルに合っていないせいもあります。
低速で聞く方法は、易しいレベルの本(つまり自分のレベルに合った本)を読むことと同じ考え方です。そして音声を、ゆっくりと聞けるように調節したことで、早すぎてついていけないという感じはなくなり、ちゃんと聞き取れるようになりました。
しばらくはこの調子で進めてみようかと思います。 :kuu:

ORTの朗読をさらに低速にして「聞き取れる」というのは、ひょっとすると「聞いてから訳している」可能性がありますが、どうですか?

もし可能なら、ゴールデンウィーク集中講座の2日目、3日目にいらっしゃいませんか?
目から鱗が落ちて、耳から栓が外れる体験をなさるかもしれません。

もしそれができない場合は、このトピックの続きで相談を続行しましょう!
それも楽しみです!! :applause:

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Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by でんぱ組 » 2019年4月03日(水) 00:49

彼女(2千万語以上読んでいました。)とは直接コンタクトすることができないのです。
なので彼女に質問することができません。
ですが彼女はおそらく、そんなに「聞くこと」に触れていないのではないかと思われます。
彼女は、小説等を原書で読めるようになりたくて多読を始めたとのことです。(これらの情報の全ては彼女のプロフィールにあるものです。)
また彼女は、辞書を引いて良い、という結論を出しています。
最初、YL4か5辺りまで辞書を引かないで読むことを試していたけれど、それでは語彙が増えないので、辞書は引いて良い、という結論に達したのだそうです。
彼女が絵本を読んでいたか、というとそれほど読んでいないのではないかと思われます。
彼女が読んだ本を調べてみたら、最初のほうでも1000語とか2000語くらいのものを読んでいます。そのくらいの語数の絵本もあるにはあるのでしょうけれど、乳幼児が読むような絵本とは違うのではないでしょうか?
実は私も辞書を引きたい人間です。
引かないと気持ち悪いし、内容がまるでわからないので、わからない本を楽しいとは思えません。
そして私は精読を多読したいんです。
私は辞書を引くことは苦ではないし、文法は解釈と密接につながっていると思うからです。解釈とは、意味が分かるという意味です。
私が脳内和訳をしているか、について、していないような気もしますが、難しい文の場合はしている可能性があります。
わからない単語については、最初は和訳するしかないのですが、そのうちに何度もその単語に触れているうちに和訳しなくても、無意識化されてくるのではないかと思います。
例えばstuckという単語を最初は知りませんでしたが、一度辞書で調べてわかって、その後ORTや他の本でもあまりにも頻繁にこの単語が登場するので、stuckという単語が、なんとなく「つっかえている」「くっついてる」「ひっかかっている」「滞っている」といったようなニュアンスで捉えられるようになり、その関連で付箋アプリのsticky noteもstuckからきているんじゃないか、と推測できるようになりましたし-前に、ガムがたくさん壁に張り付いた部屋の本が出てきて、その時もstuckが使われていたので)-そういう感じで単語の意味を知っていけばいいかなと思っています。

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Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by さかい@tadoku.org » 2019年4月03日(水) 13:05

なるほど・・・

2000万語のかたについてはそうではないかと考えていた通りでした。

多読で数千万語読んだ人はもうたくさんいると言っていいと思います。
その人たちを見てきた経験から、「文字を読むだけ」というのはなかなか
英語そのものには近づきにくいと考えるようになりました。
その感想から音声、映像を通したtadokuが生まれたと言っていいと思います。

問題は文字を読むだけで満足しているか、それともなにか足りない感じがあるか、
ではないでしょうか? 文字を読むだけで十分満足しているなら、
日本語を通さなければ理解できないことも、映画やドラマを字幕なしで楽しめないことも、
読書が楽しむ以外のことは些末なことですね。

でも、もし日本語の読書と同じように英語の読書を楽しみたいということであれば、
日本語の読書でやらないことは英語の読書でもやらずに楽しめるようになると
もっとたくさん読書が楽しめますね。

とどのつまり「多読は読書」というモットーに尽きるような気がします。
でんぱ組さん、もしすでに日本語の読書と同じ楽しみ方になっているなら、
そのまま楽しんでください! 
けれども、もし日本語の読書と同じではない、同じにしたいと思われたら、
もっと具体的にどうすればいいか、相談しましょう。

上から目線でもうしわけないです。たくさんの人を見てきて、いろいろな場合と
さまざまな対処法を知っているからだということで、お許しくださるとありがたいです!

In any case, I wish you happiest of reading! :rainbow:

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Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by でんぱ組 » 2019年4月03日(水) 18:54

彼女の多読の目的は、小説を原書で読んでみたいというものかもしれませんが、海外旅行に年に数か月は行っているとか、ヒアリングの能力は思ったようなものではない言っていることからすると、もしかしたら会話もしたい、映画も字幕なしで見られるようになりたいと思っているのかもわかりません。が、しかし彼女自身は読書自体は楽しくてズンズン読み進めることができると言っていました(プロフィールにはそう書いてありました。)。YLはもう6とかそのくらいのものをガンガン読んでいるようです。
ただ彼女のランキングが高いのは、易しい本をたくさん読んでいるのではなくて一冊に5千語とか1万語とかの本を読んでいるから、結果的に総語数が多く、ランキングが上位になるのではないかという気もしてきました。
また性格的に意志が強く頑張り屋で、時間的な余裕もあって、長く続けられているのではないかと。
私は時々、この読書管理サイトの、何千人かいる利用者の読書記録を覗き見しますが、かなりの率で皆さん継続していません。
何年か前に多読の記録が始まって、1年とか2年とか3年…例えば2019年の今チェックすると、2017年とか2015年、2018年でパタッと途切れてその後の記録がない、というのをかなりたくさん目にします。
私の読書の記録はその中では特殊な方ではないかと思っています。
皆さん、語数を稼ぎたい思いが強いのか、最初からけっこう語数の多いものに挑んでいます。
私も最初に多読を始めたときは、もっと難しいレベルのものに挑戦しましたが、一人でやっていると、継続的に、習慣化された読み方にならないので、それはやめて今はブッククラブから送られてくるものを、半ば強制的に読んでいるようなところです。
でも、時々、自分で本を選んで買って読んでみることもあります。
今もHelp!というCAMBRIDGEの本を読んでいますが、だいたいはサラサラ読めます。
ですがたまに、「ん?これはどういう意味?」と思って立ち止まるような箇所があります。
それで申し訳ないんですが、「英語を英語のままに理解しろ」「日本語で考えるな」と言われるのが私はとても苦痛なんです。それは、理想形の形、理想形の能力で読め!お前はそれができないのか!その理想形の読み方ができる人間だけが伸びるんだ、それができない人間は永遠に日本語訳をしたものを読んでいることになる。それは英語そのものを読めているわけじゃないんだ!と言われているような気がするからです。
前に、さかい先生の本ではありませんが、NHKの講師の先生の本を読んだときに、私は英語の能力はないかもしれない…と思わされました。本当にないかもしれませんけど(;^_^A
でも不思議なことに、母国語である日本語では食指が向かない児童書や小説等の、筋のあるもの、ストーリーのあるものを、まだうまく操れない英語であると読んでみたいと思えるのです。日本語だと、児童書なんかは子供だましな気がして読むことはまずありません。ですので私の場合、日本語の小説や児童書はほとんど読みません。自己啓発とか社会、経済についての本なんかは日本語でたくさん読むんですが。
小説を読むようにしたいと思って、書店に行って小説を手に取ってちょっと読んでみるんですがすぐに、「作り話なんて読んでいる暇はない」(;^_^Aという気になってしまうのです。(小説好きの方には失礼ですが)
なので、英語だとそういう情緒的な?本を、「本気で」読む気になれるので、そこがいいなと思っていますし、なぜだろう?とも思います。
長くなりました。ここらへんで失礼します。

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登録日時: 2019年1月08日(火) 17:16

Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by さかい@tadoku.org » 2019年4月03日(水) 22:50

なんだか本音の往復書簡のようになってきましたね!
でんぱ組さんがいやでなければ、ぼくはこのやりとりを大歓迎します。

で、でんぱ組さんの書いた「英語を英語のままに理解しろ」「日本語で考えるな」の部分ですが
ぼく自身はこういう言い方はしていません。もし「辞書を捨てよう」という原則が
そう読めるとしたらぼくの舌足らずでしたね。

英語を英語のまま理解するなんて、禅のようですね。無我の境地みたいな。
日本語で考えるなも同じですね。いったい自分は日本語で考えているんだろうか?と
考えた途端に日本語で考えていることになる!?
ほとんど精神的虐待のようですね。

ぼくが「辞書を捨てよう」で言いたかったことは多読三原則の二番目、つまり
「わからないところは飛ばす」に持っていきたかったのでしょうね。
講演ではよく「わからないところは見なかったことにしましょう」と言います。
見なかったことにすれば、「英語を英語のまま考える」も、「日本語で考えるな」も
関係ありませんね。なにしろ「見なかった」のだから!

それから、「NHKの講師の先生の本を読んだときに、私は英語の能力はないかもしれない」と
思わされたということですが、何がきっかけだったのでしょうね? もしよければ
教えてください。忘れてしまったら、わざわざ思い出さなくていいですからね。

話があちこち飛びますが、語数稼ぎにむずかしい本を読む傾向はよくあると思います。
100万語なんていう目標を言い出しておいてこんなことを言うのは変ですが、
語数にこだわるといいことはないようです。半分冗談で語数を数えるというのは
楽しくていいんですが、真剣に数えてはどうもよくないようです。

ああ、筆が止まらなくなってきた・・・

そう考えるようになったのは電通大の授業でいろいろな学生を見たからでも
あるのですが、中でもHくん、Yくん(過去のブログにも登場しています検索してください!)
は10万語くらいでTOEICの点数が200点とか300点とか上がりました。
一方で、1000万語以上も読んだ(はずの)人が「be=です、ます、いる、ある」だなんて
言っていたりして、語数は本当に当てにならないと思うのです。
Hくん、Yくんの場合は、TOEICそのものにも疑問符がつくとも言えますね。
語数かTOEICの点数か、どちらかの「数字」が当てにならないというわけです。

そろそろ終わりにしますが、最後にでんぱ組さんに質問を二つ!
一つは、Cambridge English Readers の Help! をどのくらいの時間で読み終わりますか?
もう一つは、絵本はどのくらい読んでいますか?

そうか、もしよければこれまでの読書記録をぼくに送ってくれませんか?
それを見せてくださったら、もうちょっと的確な助言ができるかもしれません。
助言をお望みなら、という話ですが・・・

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登録日時: 2010年12月13日(月) 23:19
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Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by でんぱ組 » 2019年4月06日(土) 06:53

なんだか本音の往復書簡のようになってきましたね!
でんぱ組さんがいやでなければ、ぼくはこのやりとりを大歓迎します。
>そのように言っていただき、ありがとうございます。 :kuu:

ぼくが「辞書を捨てよう」で言いたかったことは多読三原則の二番目、つまり
「わからないところは飛ばす」に持っていきたかったのでしょうね。
講演ではよく「わからないところは見なかったことにしましょう」と言います。
>私は、多読という方法は性に合わないのかもしれないと思い始めています。
なぜわからないところを飛ばさなければならないのか。
それは速読するためですか?
それとも、理解できない人へのやさしさなのでしょうか?
私は、わからないところを飛ばしたくないんですね。
むしろ、わからないところを「わかるように」したいんです。
ORTなど読んでいても、わからないところが度々出てきます。
その際、首をかしげて考えます。これはどういう意味だろうと。
そして知らない単語があれば調べます。文法書を読んだりもします。(Grammar in Useを使ったりもします。)
わからないところだけワンポイントで教えてくれるところ(教室など)があればいいのにとさえ思います。

それから、「NHKの講師の先生の本を読んだときに、私は英語の能力はないかもしれない」と
思わされたということですが、何がきっかけだったのでしょうね? 
>『英語は「やさしく、たくさん」中学レベルから始める「英語脳」の育て方』という本にあった言葉を書きます。
・「訳したくなる衝動と戦い、直読直解して下さい。いわゆる「英語で考える」状態で、このやり方でないと、
~~~訳したつもりはなくても、心の中で無意識に訳してしまっていることもありますのでご注意。
・英語ができる人とできない人は、英語に接する姿勢が違う、~~~英語を英語のままとらえようとする姿勢です。上達したい人は、英語を英語のまま受け入れ、英語に体当たりする決意をすること
・和訳に頼らない
・伸びにくい人は、英文を日本語に転換してから理解する。訳読は、英語ではなく日本語の学習

・訳したい衝動をできるだけ我慢して
・英語直解式は、習い始めが苦しい
・「英語は直読直解式で理解している」と言う人たちにおいても、実は無意識に訳していたりする

これらの文を読んでいると私は、無意識に訳してはいないだろうか、訳してはいけない、訳してはいけない…と強迫観念的になり苦しくなってくるのです。

ただし、著者は次のようにも言っており
「訳語ではなく、意味(概念)で考える」
この考えには賛同します。

100万語なんていう目標を言い出しておいてこんなことを言うのは変ですが、
語数にこだわるといいことはないようです。半分冗談で語数を数えるというのは
楽しくていいんですが、真剣に数えてはどうもよくないようです。
>100万語という数字。その数字は「具体性」という意味で意味があると思います。
例えば私はこの数字がなければ勝手に「もう10万語も<たくさん>読んだのに、全然力がついていない」と思っていたと思います。
でも最近買ったニューズウィーク誌の記事にも「だいたい100万語で効果が実感できるという」と書いてあったので、だいたいそのくらいを目安にするべきなんだな、という風に思えました。ただやはり語数を稼ぐことに躍起になるのは本末転倒だと思います。
「たくさん読む」「たくさん触れる」ことが本来の目的ですよね。

そう考えるようになったのは電通大の授業でいろいろな学生を見たからでも
あるのですが、中でもHくん、Yくん(過去のブログにも登場しています検索してください!)
は10万語くらいでTOEICの点数が200点とか300点とか上がりました。
一方で、1000万語以上も読んだ(はずの)人が「be=です、ます、いる、ある」だなんて
言っていたりして、語数は本当に当てにならないと思うのです。
Hくん、Yくんの場合は、TOEICそのものにも疑問符がつくとも言えますね。
語数かTOEICの点数か、どちらかの「数字」が当てにならないというわけです。
>ブログを検索してみましたが、該当のブログは見つかりませんでした(;^_^A
TOEICで大幅に点数が伸びた人でも、その点数ほどには実力はついていないように見えたのですか?
be動詞の「です、ます」…の人は、英語の前に、国語(日本語)のbe動詞と一般動詞の概念が理解できていないのでは?
中学生の参考書かなんかに「be動詞=です、ます、いる~~」とかと解説されていたのを思い出しましたが、私はそういう解説は嫌いというか、そうじゃなくて…と思ってしまいます。

一つは、Cambridge English Readers の Help! をどのくらいの時間で読み終わりますか?
>時間を計ったことがありませんでした。
さっき計ってみたんですけど20ページまでで45分くらい。
でも時間を計ると、どうしても早く早くと強迫されるようになってしまいます。
多読法というのはでも、早く読むためのメソッドだったのでしょうか。
速読のためのメソッド。

もう一つは、絵本はどのくらい読んでいますか?
>絵本というかORTのようなものがほとんどです。あれは絵本なんでしょうか?
絵は全頁にありますが、教科書ですよね。
ブッククラブからおまかせで送ってもらっていたのですが、今日いったんそれをやめました。
ORTは、イギリスの教科書で素晴らしいもの、憧れのものというイメージがありました(ネットでの口コミなどから)。
ORTはかなり読んできたと思いますが、意外と難しいし、YLがもっと高いもの(ORTではない本で)のほうがORTより簡単だと感じる場合もありますし話もそんなに面白いと思いません。本を返さなくてはならないので我慢して読んでいました。

もしよければこれまでの読書記録をぼくに送ってくれませんか?
>どうやって送ればいいのでしょうか?

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でんぱ組
 
記事: 10
登録日時: 2019年1月08日(火) 17:16

Re: 経過報告‐ようやく10万語を達成しました。

投稿記事by さかい@tadoku.org » 2019年4月07日(日) 22:50

やりとりが複雑になってきましたね。
引用を使ってわかりやすくなるかどうか・・・
ま、実験です。わかりやすくならなかったら、ほかの方法を考えましょう。

でんぱ組 さんが書きました:>私は、多読という方法は性に合わないのかもしれないと思い始めています。
なぜわからないところを飛ばさなければならないのか。
それは速読するためですか?
それとも、理解できない人へのやさしさなのでしょうか?

「やさしさ」ではありません。
わからないところを飛ばすことが「自然な読み方」だと思うからですね。
わからないところを無理やり、なんとしてでもわかろうとするのは、
日本語の読書ではやらないことではありませんか?
もちろん日本語の読書でもわからないところで立ち止まって考えたり
辞書を引いたりする癖のある人はいると思いますが、それは「学習途中」で
やるべきことではないと思っています。

私は、わからないところを飛ばしたくないんですね。
むしろ、わからないところを「わかるように」したいんです。
ORTなど読んでいても、わからないところが度々出てきます。
その際、首をかしげて考えます。これはどういう意味だろうと。
そして知らない単語があれば調べます。文法書を読んだりもします。(Grammar in Useを使ったりもします。)
わからないところだけワンポイントで教えてくれるところ(教室など)があればいいのにとさえ思います。

こんな風に考えてはどうでしょう?
*わからないところが今すぐわからなければいけないだろうか?
*辞書を引いたり、GIUを使ったりして、「今すぐわかる」と、
その理解は長続きしないと思います。
反対に「わからないまま放っておく」と同じ語、同じ文法用法に
何度かぶつかったあとで、いつかポンとわかって、
その理解はずーっと消えないと思われます。
*言ってみればペンキを塗るのにどっぷりペンキをつけて1回で塗るとはげやすくて、
薄く何度も塗れば塗るほど、よい色が出て長持ちするようなものでしょうか。
*ワンポイントで教えてくれる学習本や講座はあらゆるところに溢れています。
でんぱ組さんがもしそういう学習本や講座を経験しているとしたら、
そういうワンポイント教授の「はかなさ」をご存じかもしれません。
それから、「NHKの講師の先生の本を読んだときに、私は英語の能力はないかもしれない」と
思わされたということですが、何がきっかけだったのでしょうね? 
>『英語は「やさしく、たくさん」中学レベルから始める「英語脳」の育て方』という本にあった言葉を書きます。
・「訳したくなる衝動と戦い、直読直解して下さい。いわゆる「英語で考える」状態で、このやり方でないと、
~~~訳したつもりはなくても、心の中で無意識に訳してしまっていることもありますのでご注意。
・英語ができる人とできない人は、英語に接する姿勢が違う、~~~英語を英語のままとらえようとする姿勢です。上達したい人は、英語を英語のまま受け入れ、英語に体当たりする決意をすること
・和訳に頼らない
・伸びにくい人は、英文を日本語に転換してから理解する。訳読は、英語ではなく日本語の学習

・訳したい衝動をできるだけ我慢して
・英語直解式は、習い始めが苦しい
・「英語は直読直解式で理解している」と言う人たちにおいても、実は無意識に訳していたりする

これらの文を読んでいると私は、無意識に訳してはいないだろうか、訳してはいけない、訳してはいけない…と強迫観念的になり苦しくなってくるのです。

これは強烈ですね。こんな決意をして、その通りに実行できた人はいるのだろうか?
少なくともこういう「決意」で外国語に「立ち向かう」やり方には、
合わない人がたっくさんいるだろうと想像できます。

多読は「訳してはいけない」なんて考える必要がない絵本から始めます。
そもそも最初は文字を隠して絵だけで楽しむので、「訳す、訳さない」は
そもそも問題になりません。最初は文字も少ないので、
知らない語が使われていても絵でわかります。訳す必要がありません。
そこからほんの少しずつ文字が多い絵本に移りますが、
訳す必要が出てこないように、自分を騙しながら、ごくごく少しずつ
文字を多くしていきます。

もう一つよい手があります。それは「聞き読み」です。
テキストを見ながら朗読をいっしょに聞きます。
朗読の速度で眼を文字を追います。後戻り、一時停止はなしにします。
それでも楽しめるものを聞き読みしましょう。楽しめなかったらどんどん
次の作品に移ります。一つの作品にしがみつくことのないように・・・!

もう一つよい手があります。それは幼児用アニメや何度も観た海外ドラマですが、
長くなるので、ご希望があればくわしく書きますね。

ただし、著者は次のようにも言っており
「訳語ではなく、意味(概念)で考える」
この考えには賛同します。

むずかしいところですね。一見まっとうな考えのように聞こえますが、
この考えに賛同すると、「禅の公案」に陥りそうです。

「意味で考える」ときに、「訳語」は浮かんではいけないのでしょうね?
そうすると見事な堂々巡りになりかねませんね。

でんぱ組さんは「多読は会わないかもしれない」と書いていますが、
もっとそう思われる危険を冒してぼく流の考えを書くと・・・
「考えるな、感じろ!」ということになります。
でも、これも公案になりかねないので、無視してくださっても結構です。

最近買ったニューズウィーク誌の記事にも「だいたい100万語で効果が実感できるという」と書いてあったので、だいたいそのくらいを目安にするべきなんだな、という風に思えました。ただやはり語数を稼ぐことに躍起になるのは本末転倒だと思います。
「たくさん読む」「たくさん触れる」ことが本来の目的ですよね。

100万語を目安にするのも、問題かもしれません。
語数の伸びだけが「力」を示すと考えると、「楽しく吸収」という面が
忘れられてしまうようです。

>ブログを検索してみましたが、該当のブログは見つかりませんでした(;^_^A
TOEICで大幅に点数が伸びた人でも、その点数ほどには実力はついていないように見えたのですか?

失礼しました。
「旧町の名前をひとつ」のブログは検索ができなくなっているようです。
一つだけ見つけた記事はここです→ https://tadoku.org/blog/sakai-note/2016/07/25/2416
絵本を中心に読んでいるとTOEICの点数も上がる、と言いたかったのでした。

100万語を目安にするのも、問題かもしれません。
語数の伸びだけが「力」を示すと考えると、「楽しく吸収」という面が
忘れられてしまうようです。

be動詞の「です、ます」…の人は、英語の前に、国語(日本語)のbe動詞と一般動詞の概念が理解できていないのでは?
中学生の参考書かなんかに「be動詞=です、ます、いる~~」とかと解説されていたのを思い出しましたが、私はそういう解説は嫌いというか、そうじゃなくて…と思ってしまいます。

まったくその通りです!

一つは、Cambridge English Readers の Help! をどのくらいの時間で読み終わりますか?
>時間を計ったことがありませんでした。
さっき計ってみたんですけど20ページまでで45分くらい。
でも時間を計ると、どうしても早く早くと強迫されるようになってしまいます。
多読法というのはでも、早く読むためのメソッドだったのでしょうか。
速読のためのメソッド。

ごめんなさい! 脅迫するつもりはありませんでした。
時間を計ってもらうのは「遠隔支援」のときだけです。
言ってみれば電話越しに体の調子を推察する材料として、
体温を聞くようなものと考えてください。

で、体温に喩えれば少々高めだと思います。
もっとゆったりと、わからないところは放っておくつもりで読むと
平熱に近くなって(普通の読書に近くなって)楽しめるかもしれません。

もう一つは、絵本はどのくらい読んでいますか?
>絵本というかORTのようなものがほとんどです。あれは絵本なんでしょうか?
絵は全頁にありますが、教科書ですよね。
ブッククラブからおまかせで送ってもらっていたのですが、今日いったんそれをやめました。
ORTは、イギリスの教科書で素晴らしいもの、憧れのものというイメージがありました(ネットでの口コミなどから)。
ORTはかなり読んできたと思いますが、意外と難しいし、YLがもっと高いもの(ORTではない本で)のほうがORTより簡単だと感じる場合もありますし話もそんなに面白いと思いません。本を返さなくてはならないので我慢して読んでいました。

ORTは教科書というのは、とても鋭いと思います。
でも、教科書だけれども楽しむ手があるのですが、ご存じでしょうか?
たとえばどのORTの絵本についても、文字を隠して絵だけで物語を推測してみてください。
実は絵の中にいっぱいおもしろいことが隠れています。
もしすでに隠れている物を発見していたら、教えてください。

もしよければこれまでの読書記録をぼくに送ってくれませんか?
>どうやって送ればいいのでしょうか?

NPO多言語多読のメール・アドレスに送ってください。事務局に届きますが、
ぼくにも届きます。

tadokuorg@gmail.com

です! 楽しみにしています!! :rainbow:

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登録日時: 2010年12月13日(月) 23:19
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